ミステリ界の年末恒例のイベントといえば、各種のランキング企画です。なかでも以下の4つは4大ミステリランキングと呼ばれています。
・「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋社)
・「このミステリーがすごい!」(宝島社)
・「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)
・「ミステリが読みたい!」(早川書房)
各ランキングはそれぞれ傾向が微妙に異なり、そのすべてで上位を席巻することは容易ではありません。しかしその年最大級の話題作ともなれば、複数のランキングで首位を獲得することもしばしばあります。
そこでこの記事では、4大ミステリランキングで3冠以上を達成した小説について紹介いたします。
『容疑者Xの献身』東野圭吾(3冠)
天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、2人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。
(文藝春秋BOOKSより引用)
2005年に刊行された東野圭吾の長編『容疑者Xの献身』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の3つのランキングを制覇しました。「ミステリが読みたい!」は創設前のため、当時の3大ミステリランキングを完全制覇したことになります。これは史上初の快挙でした。
物理学者・湯川学が活躍する「ガリレオ」シリーズ初の長編で、これをもってシリーズは完全に化けたといっていいでしょう。第6回本格ミステリ大賞、第134回直木三十五賞を受賞し、日本人として史上2度目となるエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ主催)の最終候補となった作品でもあります。痛切なドラマとミステリとして驚きが見事に融合した傑作です。
『満願』米澤穂信(3冠)
「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴(ざくろ)」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、「夜警」「関守」の全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。
(新潮社HPより引用)
2014年に刊行された米澤穂信の短編集『満願』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」で1位を獲得し、3冠を達成いたしました。しばしば「史上初の3冠」と紹介されることもあるようですが、これは上記の3つのランキングを制覇したのが初という意味でしょう。『容疑者Xの献身』のときは「ミステリが読みたい!」が存在せず、3冠目は「本格ミステリ・ベスト10」でした。ちなみに、『満願』は「本格ミステリ・ベスト10」では惜しくも2位に終わり、あと一歩で4冠完全制覇を逃しています。
一作ごとに異なる題材を扱いながら趣向を凝らし、全6編すべてがきわめて高い水準にある珠玉の短編集。青春ミステリの書き手という従来の著者のイメージを覆す抑制的で硬質な筆致が冴え渡る一冊です。なかでも「夜警」と「万灯」が個人的には好みです。第27回山本周五郎賞では満場一致で受賞作に選ばれています。
『王とサーカス』米澤穂信(3冠)
海外旅行特集の仕事を受け、太刀洗万智はネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王殺害事件が勃発する。太刀洗は早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり…2001年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクション、米澤ミステリの記念碑的傑作。
(「BOOK」データベースより引用)
2015年に刊行された米澤穂信の長編『王とサーカス』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」を制して3冠を達成。なんと米澤穂信は前年の『満願』に続いて、2年連続の3冠達成となりました。2年連続の3冠はもちろん史上初の快挙。「本格ミステリ・ベスト10」では3位に終わり、またしても4冠制覇は逃したものの、米澤無双といってもいい圧倒的な強さを見せています。
『王とサーカス』の舞台はネパール。2001年に実際に起きたネパール王族殺害事件を背景にした意欲作で、異国情緒もたっぷり味わえるミステリです。ジャーナリズムとは何かを問う社会派ミステリとしての要素もあり、前年の『満願』から続いてさらに作風を広げていくさまが伺える一作です。
『屍人荘の殺人』今村昌弘(3冠)
神紅大学ミステリ愛好会会長であり『名探偵』の明智恭介とその助手、葉村譲は、同じ大学に通うもう一人の名探偵、剣崎比留子と共に曰くつきの映研の夏合宿に参加するため、ペンション紫湛荘を訪れる。初日の夜、彼らは想像だになかった事態に見舞われ荘内に籠城を余儀なくされるが、それは連続殺人の幕開けに過ぎなかった。たった一時間半で世界は一変した。数々のミステリランキングで1位に輝いた第27回鮎川哲也賞受賞作!
(東京創元社HPより引用)
2017年に刊行された今村昌弘の長編『屍人荘の殺人』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」で1位を獲得し、3冠を達成いたしました。本作は第27回鮎川哲也賞を受賞した著者のデビュー作で、デビュー作での3冠達成は史上初の快挙です。「ミステリが読みたい!」では惜しくも2位に終わり、史上初の4冠はあと一歩でお預けとなりました。
大学の映画研究部の夏合宿で起きる連続殺人事件を描いた一作。山奥のペンションが舞台ということで、クローズド・サークルものであることはすぐに予想がつきますが、閉鎖空間の形成される理由がかなり特殊で、本作が衝撃をもって迎え入れられた理由もそこにあります。そのネタをばらしてしまっても楽しめる作品だとは思いますが、念のため伏せておきますので、未読の方はぜひ実際に読んで確かめていただきたいです。
『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』辻真先(3冠)
昭和24年、ミステリ作家志望の風早勝利は名古屋市内の新制高校3年生になった。学制改革による、1年だけの男女共学の高校生活。そんな夏休みに、勝利は湯谷温泉での密室殺人と、嵐の夜に廃墟で起きた首切り殺人に巻き込まれる! 自ら体験した戦後の混乱期と青春の日々を、著者がみずみずしく描き出す。『深夜の博覧会』に続く、“昭和ミステリ”シリーズ第弾、待望の文庫化。
(東京創元社HPより引用)
2020年に刊行された辻真先の長編『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」を制して3冠を達成。刊行当時、著者は88歳の大ベテランで、もちろん史上最高齢での3冠制覇となりました。「本格ミステリ・ベスト10」では4位となり、4冠完全制覇は逃しています。
2018年刊行の『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く「昭和ミステリ」シリーズの第2弾ですが、本作から読んでも問題はないでしょう(前作を知っているとより楽しめる部分はありますが)。タイトルのとおり舞台となるのは昭和24年。戦後すぐの名古屋の高校で、推理小説研究会に属する主人公が遭遇する連続殺人事件を描いた作品です。当時をリアルに知る著者だけに時代背景の描写の臨場感はすばらしく、またそれがトリックや動機などミステリの重要な要素に絡んでくる趣向も見事な一作です。
『黒牢城』米澤穂信(4冠)
本能寺の変より四年前。織田信長に叛旗を翻し有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起こる難事件に翻弄されていた。このままでは城が落ちる。兵や民草の心に巣食う疑念を晴らすため、村重は土牢に捕らえた知将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めるが──。事件の裏には何が潜むのか。乱世を生きる果てに救いはあるか。城という巨大な密室で起きた四つの事件に対峙する、村重と官兵衛、二人の探偵の壮絶な推理戦が歴史を動かす。
(KADOKAWAHPより引用)
2021年に刊行された米澤穂信の連作短編集『黒牢城』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「ミステリが読みたい!」の4大ランキングすべてで1位を獲得し、4冠完全制覇を成し遂げました。『満願』『王とサーカス』で4冠に肉薄した米澤穂信が、ついに史上初の快挙を達成。文学賞においても第166回直木三十五賞、第22回本格ミステリ大賞、第12回山田風太郎賞を受賞するなど輝かしい成績を残しています。
本作の舞台は本能寺の変の4年前。織田信長に叛旗を翻し有岡城に立て籠った荒木村重が、城内で起こる難事件の解決を地下牢に閉じこめられている黒田官兵衛に求めるという、ミステリと歴史小説を融合させた挑戦的な力作です。著者にとって初めての歴史小説でありながら、語彙も文体もしっかり作りこまれているところはさすが。描かれる事件はいずれも架空のものですが、最後に史実へと収斂させてゆく構成も見事です。歴史小説、時代小説は苦手という方にもおすすめです。
『可燃物』米澤穂信(3冠)
太田市の住宅街で連続放火事件が発生した。県警葛班が捜査に当てられるが、容疑者を絞り込めないうちに、犯行がぴたりと止まってしまう。犯行の動機は何か?なぜ放火は止まったのか?犯人の姿が像を結ばず捜査は行き詰まるかに見えたが……(「可燃物」)。連続放火事件の“見えざる共通項”を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る5編。
(「BOOK」データベースより引用)
2023年に刊行された米澤穂信の連作短編集『可燃物』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」で1位を獲得し、3冠を達成いたしました。これで米澤穂信は4冠1回、3冠3回。ミステリランキングにおいて他の追随を許さない圧倒的な強さを誇っています。「本格ミステリ・ベスト10」でも2位となり、もう少しで2度目の4冠完全制覇だったことを考えると、もはや怖いほどです。
本作は著者にとって初めての警察小説。群馬県警を舞台に、上司に疎まれ、部下にも慕われないが、捜査能力は一級の葛警部の活躍を描く短編集です。葛警部は連作の主人公としては少し異例で、キャラクター性や心理描写は削ぎ落とされ、極力無駄を省いた文体で物語は綴られます。そこが物足りないと感じる読者もいるかもしれませんが、純化されたミステリとしての水準はやはり高く、フェアネスな謎解きが楽しめる一作です。
『地雷グリコ』青崎有吾(4冠)
射守矢真兎(いもりや・まと)。女子高生。勝負事に、やたらと強い。平穏を望む彼女が日常の中で巻き込まれる、風変わりなゲームの数々。罠の位置を読み合いながら階段を上ったり(「地雷グリコ」)、百人一首の絵札を用いた神経衰弱に挑んだり(「坊主衰弱」)。次々と強者を打ち破る真兎の、勝負の先に待ち受けるものとは──ミステリ界の旗手が仕掛ける本格頭脳バトル小説、全5篇。
(KADOKAWAHPより引用)
2023年に刊行された青崎有吾の連作短編集『地雷グリコ』は、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「ミステリが読みたい!」の4大ランキングすべてで1位を獲得。米澤穂信『黒牢城』以来、史上2度目の4冠完全制覇を達成しました。文学賞においても、第37回山本周五郎賞、第77回日本推理作家協会賞、第24回本格ミステリ大賞などを受賞しています。
本作は『賭博黙示録カイジ』や『嘘喰い』などのギャンブル漫画の影響を強く受けたゲーム小説です。主人公は女子高校生の射守矢真兎。彼女が挑むのは「じゃんけん」や「だるまさんが転んだ」など誰にも馴染みの深い既存の遊びをアレンジしたオリジナルゲームです。まずゲームのルールを読むだけでも胸が高鳴るような魅力がありますが、著者がミステリで培ってきた技巧を惜しげもなく駆使して描かれる頭脳バトルのおもしろさは特筆もの。ギャンブルやゲームを扱ったフィクションが好きな方には必読の作品です。
まとめ
以上、4大ミステリランキングで3冠以上を達成した小説の紹介でした。その圧倒的な強さゆえ、半分ほどは米澤穂信の代表作の紹介になってしまいましたが、どの作品もその年のミステリ界でもっとも話題になった小説ですので、気になる作品のあった方はぜひ読んでみていただければと思います。
