私たちの日常をほんの少しやさしくし、心を和ませてくれるおやつ。つい食べ過ぎてしまうこともあって厄介な存在ではありますが、ときに甘く、ときにしょっぱく刺激を与えてくれるおやつは、ストレスの多い日々を乗り切るのに欠かせません。
この記事では、そんなおやつにまつわるエッセイを紹介いたします。
『ひんやり、甘味』浅田次郎、沢村貞子ほか
どうしようもなく惹かれる甘くて冷たいおやつたち。アイスクリームはもとより、かき氷、アイスキャンデー、カルピス、ゼリー、みつまめ、水ようかんからところてんまで(麦茶もあり?)。思い出語り、食べ方の指南、こだわりやうんちく満載の40篇。口溶けは儚く、どこか懐かしい魅惑の世界へ。
(河出書房新社HPより引用)
『ひんやり、甘味』は、河出書房新社の人気アンソロジーシリーズ「おいしい文藝」シリーズの1冊です。アイスクリームやかき氷、アイスキャンディーなど、冷たいおやつをテーマに、さまざまな文化人のエッセイが40編収録されています。
書き手の年代は幅広いですが、明治や大正、あるいは昭和初期の生まれの作家の文章が印象に残る1冊でした。まだアイスクリームが今ほど一般的ではなかったり、かき氷が「氷水(こおりすい)」と呼ばれていたり、その時代を知らない読者にも郷愁を感じさせてくれる作品が多いです。とりわけ、まだ男性が甘いものを好むイメージの薄い時代に、じつは甘いものが大好きなのだと秘密を打ち明けるように書く男性作家陣の文章には微笑ましいものがあります。
そんななか、もっとも鮮烈だったのは内館牧子の「アイスキャンデー」。甘いものを禁じられていた幼少期に、思いがけずアイスキャンデーをおごってもらえることになった顛末が描かれるのですが、そのまま小説になりそうなほど胸を衝くエピソードでした。傑作だと思います。
「おいしい文藝」シリーズには、同じく甘い食べ物がテーマの『ずっしり、あんこ』『うっとり、チョコレート』、『まるまる、フルーツ』もありますので、そちらもおすすめです。
『3時のおやつ』平松洋子、大島真寿美ほか
子どもの頃にいつもお母さんがつくってくれた懐かしいケーキ、自分で初めてつくったクッキー、友だちの家でごちそうになった不思議なおやつ、いちばんお気に入りのスイーツ、どんなに豪華なお菓子より魅力的だったアレ……30人の人気クリエイターが「おやつと言えばこれ!」というとっておきを、それにまつわる思い出とともに語ります。ポプラ社の小説誌「asta*」掲載の人気エッセイ30篇をまとめた、おいしい記憶がたっぷり味わえるエッセイ・アンソロジーです。
(ポプラ社HPより引用)
『3時のおやつ』は、ポプラ社から刊行されているアンソロジーです。同社の小説誌『asta*』に掲載されたエッセイをまとめたもので、全30編が収録されています。
おやつそのものというより「おやつにまつわる思い出」がテーマなのか、子ども時代のエピソードを語る作品が多いのが特徴のひとつです。おやつの文化というのは家庭ごとに独特のものがあったりして、そういえば子どものころ友達の家に遊びにいくと、自分の家とはなんだか違うおやつが出てきたな、と読みながら記憶が蘇ってきました。
長野の実家の話が冴える壁井ユカコ「井村屋のあんぱん」、友達の家のおやつに驚く平松洋子「塩トースト」などがとくに興味深かったです。数々の「おいしい記憶」を楽しみ、ノスタルジックな気持ちも味わえる一冊となっています。
続編として『3時のおやつ ふたたび』も刊行されていますので、本作が気に入った方はそちらもチェックしてみてください。
『おやつが好き』坂木司
日常の娯楽、おやつの時間。銀座の名店から量販店のお菓子まで、甘いのもしょっぱいのも分け隔てなく食べ尽くします。かりかりサクサク、こってりあっさり。読んだらすぐに買いに行きたくなる。ページをめくるたびに、楽しいおやつの世界がひろがります。単行本未収録のエッセイも多めに入っています。さあ、召し上がれ!
(文藝春秋BOOKSより引用)
『おやつが好き』は、坂木司によるエッセイです。坂木司といえば「和菓子のアン」シリーズというミステリが有名で、いかにもおやつに精通している作家というイメージがあります(本人曰く、もともと和菓子にはあまり詳しくなかったそうですが…)。本作はそんな著者が、好きなおやつについて存分に語ったエッセイ集です。
タウン誌『銀座百点』に連載されたエッセイが主になっており、銀座のお店に関する記述が中心です。そのため東京に馴染みのない読者にとってはやや置いてきぼりにされている感は否めませんが、次々出てくる店名や商品を知っている人には非常に楽しい内容になっています。
好きなものについて語る著者の筆致は多幸感に満ちており、数々のお菓子の描写は想像力をかき立ててくれます。書き方がやや一本調子で、似たような話が続くように感じられるため、それこそおやつのように一編一編少しずつ味わうのが吉です。
まとめ
以上、おやつにまつわるエッセイ3作の紹介でした。読んでいるだけでほんのり甘い気持ちになれる時間を通じて、おやつの魅力の再発見になれば幸いです。