帝銀事件を題材にした小説4選!

ミステリ

帝銀事件とは、1948年1月26日、東京都豊島区長崎の帝国銀行椎名町支店に現れた男が行員らを騙して12名を毒殺し、現金と小切手を奪って逃走した強盗殺人事件です。その後の捜査で、画家の平沢貞通が逮捕され死刑判決を受けましたが、平沢は獄中で無実を主張しつづけ、刑が執行されないまま、1987年に95歳で獄死しました。

終戦後の混乱期に起きた衝撃的な大量殺人事件ですが、確たる物証がなかったこともあっって平沢冤罪説を唱える人も多く、しばしば未解決事件として扱われることもあります。

この記事では、そんな帝銀事件を題材にした小説を紹介いたします。

『小説帝銀事件』松本清張

占領下の昭和23年1月26日、豊島区の帝国銀行で発生した毒殺強盗事件。捜査本部は旧軍関係者を疑うが、画家・平沢貞通に自白だけで死刑判決が下る。昭和史の闇に挑んだ清張史観の出発点となった記念碑的名作。
(KADOKAWAHPより引用)

小説帝銀事件』は松本清張による長編小説です。タイトルに「小説」とありますが、ほとんどノンフィクションのような体裁で書かれている作品で、平沢貞通が冤罪の被害者であるという視点で貫かれています。実際、松本清張は平沢貞通の釈放運動に関わっていたので、本作の内容を事実と信じていたものと思われます。

事件の裏側の人間ドラマを楽しむような作りにはなっていませんが、そのぶん帝銀事件の詳細がコンパクトにわかりやすくまとめられており、予備知識がない状態で読みはじめてもまったく問題ありません。本書の主張をそのまま信じるのは陰謀論に与する危険性もはらんでいますが、松本清張のジャーナリズム精神が存分に発揮された記念碑的な作品であることは間違いないでしょう。

本書ののちに発表され、大ベストセラーになったノンフィクション『日本の黒い霧』においても、帝銀事件のことが取りあげられています。そちらもあわせて読むと、より楽しめることと思います。

『彷徨う刑事 凍結都市TOKYO』永瀬隼介

満州から引き揚げ、東京で刑事になった羽生。昭和23年1月、椎名町の帝国銀行で発生した毒物を使った強盗事件に戦慄を覚えた羽生は、歴史の闇に葬り去られようとしていた恐るべき事実に向かい始めるが……。戦後最大の闇と言われる「帝銀事件」をモチーフにした衝撃の刑事小説!
(朝日新聞出版HPより引用)

彷徨う刑事 凍結都市TOKYO』は、永瀬隼介による長編小説です。単行本刊行時は『帝の毒薬』というタイトルで、文庫化に際し改題されました。受賞には至りませんでしたが、第66回日本推理作家協会賞にノミネートされた作品です。

本作は太平洋戦争末期の満州から物語が始まります。そこで描かれるのは、細菌兵器の開発を目的に人体実験を繰り返していた関東軍防疫給水部、通称731部隊の実態。先述の松本清張『日本の黒い霧』においても、帝銀事件に731部隊が関与していたのではないかと触れられていますが、本作はまさにその説をフィクションに取りこんだ一作です。

戦中、戦後の歴史や風俗の丹念な描写に加え、帝銀事件が発生する第二部からは警察小説としてのおもしろさがプラスされ、充実した力作に仕上がっています。マイナーな作品かもしれませんが、おすすめです。

『鬼哭 帝銀事件異説』鳴海章

亡くなった祖母の遺品整理のため訪れた父の実家で、穂月沙里は近所の古書店主から「穂月広四郎記」と題された奇妙な手帳を預かった。祖母から、沙里が来たら渡すよういわれていたらしい。店主の話によると、祖母はその店で、昭和23年に帝国銀行椎名町支店で発生したいわゆる「テイギンジケン」関連の資料を多く購入していたという。謎の手帳には、地元の石井という有名人が創設した部隊に入るため満州に渡った広四郎なる人物の、壮絶な体験が記されていて……。
(小学館HPより引用)

鬼哭 帝銀事件異説』は、鳴海章による長編小説です。こちらも『彷徨う刑事 凍結都市TOKYO』と同じく、帝銀事件に731部隊が絡んでいたという説を採用し、フィクションに昇華した一作。帝銀事件そのものは後半にいたるまで描かれず、戦中の満州での出来事がメインとなっています。

同じく731部隊と定義事件の関係を扱いながら、『彷徨う刑事 凍結都市TOKYO』と大きく異なるのは、本書は帝銀事件の「真犯人」の視点でストーリーが進んでいくところです。事件を追う側ではなく起こす側から描くことで、よりスリリングに帝銀事件の「異説」を提示することに成功しています。

実際の帝銀事件の詳細を作中で説明してその謎に迫っていくという構成ではないので、帝銀事件の詳細をある程度頭に入れてから読むほうが、作者の創意工夫をより楽しめると思います。

『悪魔が来りて笛を吹く』横溝正史

毒殺事件の容疑者椿元子爵が失踪して以来、椿家に次々と惨劇が起こる。自殺他殺を交え七人の命が奪われた。悪魔の吹く嫋々たるフルートの音色を背景に、妖異な雰囲気とサスペンス!
(KADOKAWAHPより引用)

悪魔が来りて笛を吹く』は、横溝正史による長編小説です。言わずと知れた「金田一耕助」シリーズのうちのひとつ。冒頭で、定義事件と類似した「天銀堂事件」という事件が描かれ、容疑者のひとりと目された子爵が死んでしまうところから物語が始まります。

先述の3作とは違い、帝銀事件はあくまで題材のひとつに留まっており、「天銀堂事件」も実際の帝銀事件とは詳細が異なっています。そのため、金田一耕助が帝銀事件の真相に迫るといったような内容にはなっていません。ただ、日本で初めてモンタージュ写真を捜査のために用いたことでも知られる帝銀事件の要素をうまく作中に取りこんでいます。

戦後の貴族の没落と、複雑でインモラルな人間関係の果てに起きた悲劇を濃密に描いた力作です。

まとめ

以上、帝銀事件を題材にした小説4作の紹介でした。昭和史に残る怪事件が、作家たちの想像力をどのように刺激し、各々の作品を生みだしたのか。ぜひ手にとって確かめていただければと思います。