第1回芥川賞・直木賞受賞作、『蒼氓』『鶴八鶴次郎その他』のあらすじ・感想

文学賞

日本でもっとも有名な文学賞といえば、日本文学振興会が主催する芥川賞・直木賞でしょう。芥川賞は純文学の中・短編、直木賞はエンタテインメント作品の長編・短編集が対象で、どちらも年2回発表されています。

文藝春秋社を立ち上げた菊池寛によって両賞が創設されたのは1935年のこと。その名のもとになったふたりの小説家、芥川龍之介直木三十五は、ともに菊池寛の友人でした。

いまでは受賞のニュースがテレビなどでも報じられ、受賞作が大ベストセラーに化けることも珍しくない芥川賞・直木賞ですが、第1回受賞作はすでに90年ほど前の作品ということで、読んだことのある人は少ないかもしれません。

そこでこの記事では、そんな両賞の記念すべき第1回受賞作について紹介いたします。

第1回芥川賞受賞作|『蒼氓』石川達三

第1回芥川賞受賞作は、石川達三の中編小説「蒼氓」です。1935年4月に同人誌『星座』に掲載され、同年8月、太宰治の「逆光」などを抑えて見事受賞となりました。

現在、新刊で入手可能なのは、秋田魁新報社から出ている単行本版です。こちらには芥川賞を受賞した表題作「蒼氓」が第一部として収録されており、そのほかにのちに書かれた第二部「南海航路」、第三部「声無き民」も併録されています。

「芥川龍之介賞経緯」「石川達三の足跡」「石川達三 略年譜」といった資料も充実しており、いまから手に取るならこの一冊がベストでしょう。

『蒼氓』のあらすじ・感想

『蒼氓』の舞台は1930年。当時の日本は不況や関東大震災などの影響により、農村部の余剰労働力を都会で吸収できなくなっていました。そこで政府は国民の海外移住を積極的に推奨します。国が国民を養えないために、人口調整――すなわち口減らしをするということです。

第一部「蒼氓」では、そうした時代背景のもとでブラジル移民を余儀なくされた貧農たちが神戸の国立海外移民収容所に集まり、不安と期待のなかで出港までの8日間を過ごす様子が描かれます。特定の主人公は設けず、それぞれに事情を抱えた移民志願者たちの視点で綴られる群像劇となっています。

作者が実際に移民船に乗ってブラジルへ渡航した経験を持っている(といっても移民としてではなく、監督官としてですが)こともあってか、収容所での生活の様子には非常にリアリティがあります。移民志願者たちの息づかいがすぐ近くで聞こえるようで、彼らの切実な境遇に身につまされる思いを抱かざるをえません。芥川賞の選評では、そうした素材のおもしろさとともに、物語の構成の手腕についても高く評価されています。

第二部「南海航路」ではブラジルへと向かう45日間の過酷な船内生活の様子、第三部「声無き民」ではいよいよブラジル到着した移民たちが、辛苦に耐えながらもたくましく働きだす姿が描かれ、長編小説としての『蒼氓』は幕を閉じます。

古い純文学というと難解で読みにくいと思う人もいるかもしれませんが、『蒼氓』はテーマが非常に明快で、文体も少し硬めながら読みやすいです。「第1回の芥川賞受賞作ってどんなものだろう」と軽い興味から手にとってみてもまったく問題ないと思いますので、気になる方はぜひ手にとってみていただきたいです。

第1回直木賞受賞作|『鶴八鶴次郎・風流深川唄など』川口松太郎

第1回直木賞受賞作は、川口松太郎の『鶴八鶴次郎・風流深川唄など』です。「など」となっているのには理由があります。というのも初期の直木賞は、特定の作品を明確に受賞作と定めておらず、いくつかの作品を踏まえ、それらの業績に対して授与されるような形式だったためです。

川口の場合、「明治物」と呼ばれる作品群が評価されて直木賞の受賞に至りました。その明治物の代表的な作品が「鶴八鶴次郎」や「風流深川唄」ということになります。

光文社時代小説文庫から出ている作品集『鶴八鶴次郎』では、「鶴八鶴次郎」「風流深川唄」のほか、直木賞受賞と前後して書かれた「明治一代女」の3編が収録されています。直木賞作家としての川口松太郎の作品を読みたければ、この作品集を手にとるのがもっとも適切でしょう。

「鶴八鶴次郎」「風流深川唄」「明治一代女」のあらすじ・感想

3編の内容について簡単に触れておきましょう。

鶴八鶴次郎」は、明治末から大正にかけて人気を誇った新内語りの男女コンビ、男太夫の鶴賀鶴次郎と、女三味線弾きの鶴賀鶴八の物語。お互いに憎からず想いあっているにもかかわらず、芸へのこだわりからいつも口論が絶えず、ついには喧嘩別れしてしまいます。その後再開を果たすふたりの、芸と恋の行く末を描いた作品です。

風流深川唄」の主人公は、老舗料理屋「深川亭」の看板娘おせつと、料理人の長蔵。相思相愛で店を切り回しているふたりですが、無事に夫婦になろうかというところでおせつの父の借金問題が発覚。「深川亭」は存続の危機に陥り、おせつと長蔵の仲にも暗雲が……という筋立てです。

明治一代女」は、1887年に実際に起きた花井お梅の事件を題材にした作品です。柳橋叶家の芸者お梅は、歌舞伎役者の沢村仙枝と惹かれあう一方、箱屋の巳之吉からも結婚を迫られます。仙枝の3代目仙之助襲名披露のため大金が必要になったお梅に対し、巳之吉は、仙枝と別れ自分といっしょになってくれるなら故郷の土地を売って金を作ると条件を出します。ふたりの男のあいだで揺れ動くお梅は、やがて劇的な運命へと導かれていきます。

3編とも「昭和初期に書かれた明治物」ですが、設定やストーリー、キャラクター造形などはいずれも明快でわかりやすく、会話文が多用されていることもあって文章は昨日書かれたもののように読みやすいです。情緒的な書きっぷりがやや「お涙頂戴」的にも感じられるため、そこは好みの分かれそうなところですが、そうした通俗性こそかつての大衆文学の肝なのだと言われれば、第1回直木賞に推されたのも納得できる作品群だと思います。

まとめ

以上、第1回芥川賞・直木賞受賞作の紹介でした。約90年、170回を超える歴史を持つ文学賞の始まりに興味のある方はぜひご一読いただければと思います。

また、芥川賞や直木賞そのものについての本を読みたいという方は、下記の作品などを手にとっていただくといいかもしれません。

人気サイト「直木賞のすべて」を運営する著者が綴る芥川賞史。

上記の『芥川賞物語』と同じ著者が綴る直木賞史。

芥川賞・直木賞の運営に長く携わった元文藝春秋社の編集者による回顧録。