ピエール・ルメートル「カミーユ警部」シリーズの読む順番とあらすじ・感想

ミステリ

フランスの作家、ピエール・ルメートルによるカミーユ・ヴェルーヴェン警部」シリーズは、パリ司法警察の犯罪捜査部に所属する警部、カミーユ・ヴェルーヴェンを主人公とする警察小説のシリーズです。

フランス本国はもちろん英米でも高く評価され、日本でも累計120万部以上の売上を誇る人気シリーズです。2010年代に邦訳された海外ミステリで、もっとも成功を収めたシリーズのひとつといっていいでしょう。

シリーズ作品は全部で4作。この記事では全4作の読むべき順番やあらすじ、感想を紹介していきます。なお、各巻の内容紹介の引用元はすべて文春文庫の裏表紙です。

「カミーユ・ヴェルーヴェン警部」シリーズの読む順番

基本的にはフランス本国での刊行順に読んでいくのがいいでしょう。つまり以下のとおりの順番です。

フランス本国での刊行順
1.『悲しみのイレーヌ』(2006年)
2.『その女アレックス』(2011年)
3.『傷だらけのカミーユ』(2012年)
4.『わが母なるロージー』(2013年)

『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』が長編3部作で、『わが母なるロージー』は番外編となる中編です。

『わが母なるロージー』については、3部作完結後の2013年に発表されたという情報もあれば、『その女アレックス』刊行後の2011年に発表されたという情報もあります。ややこしいですが、どうやら2011年に一度発表されたのち、2013年に改訂・改題をして再刊されているようです。そのため、現在流通しているのは3部作完結後に発表されたものといって差し支えないかもしれません。

作中の時系列では、『わが母なるロージー』は『その女アレックス』と『傷だらけのカミーユ』のあいだに位置しているので、時系列順で読みたい方は以下の順番で読むとよいでしょう

時系列順
1.『悲しみのイレーヌ』
2.『その女アレックス』
3.『わが母なるロージー』
4.『傷だらけのカミーユ』

ちなみに、日本での刊行順は以下のようになっています。

日本での刊行順
1.『その女アレックス』(2014年)
2.『悲しみのイレーヌ』(2015年)
3.『傷だらけのカミーユ』(2016年)
4.『わが母なるロージー』(2019年)

本国と日本では順番が違っていますが、とくに気をつけるべきなのは、日本ではシリーズ第2作『その女アレックス』が先に出版された点です。『その女アレックス』は非常に話題になり大ヒットしたので、『悲しみのイレーヌ』より先に読んだ人は大勢いるはずです。

しかし今からシリーズを読むのであれば、絶対に『悲しみのイレーヌ』を先に読むことをおすすめします。『その女アレックス』には、『悲しみのイレーヌ』の重大なネタバレが含まれているからです。

また、『傷だらけのカミーユ』も、『悲しみのイレーヌ』の内容を踏まえてから読むべきストーリーです。そのため、長編3部作はフランスでの刊行順や時系列に沿って、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』の順で読むのがベストです。

『悲しみのイレーヌ』

異様な手口で惨殺された二人の女。カミーユ・ヴェルーヴェン警部は部下たちと捜査を開始するが、やがて第二の事件が発生。カミーユは恐るべき共通点を発見する……。『その女アレックス』の著者が放つミステリ賞4冠に輝く衝撃作。あまりに悪意に満ちた犯罪計画──あなたも犯人の悪意から逃れられない。

シリーズ1作目『悲しみのイレーヌ』は、ピエール・ルメートルの小説家デビュー作でもあります。海外ではコニャック・ミステリ大賞など4つのミステリ賞を受賞。日本でも毎年恒例のミステリランキングにおいて、「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位、「このミステリーがすごい!」で第2位、「ミステリが読みたい!」で第5位、「本格ミステリ・ベスト10」で第7位と高い評価を得ました。

残酷かつ奇妙な手口で2人の女性が殺害されたことから物語は始まり、やがて連続殺人事件へと発展する猟奇的事件の謎にパリ警視庁の警部、カミーユ・ヴェルーヴェンが挑むことになります。序盤から事件現場の描写は凄惨を極めるため、グロテスクなシーンに耐性のない方にはつらいところですが、訳文は非常に読みやすく、ストーリーもテンポよく進むため、海外小説に苦手意識がある方でもグイグイ読み進められると思います。

パリの優秀な刑事でありながら、身長145cmと極端に小柄なカミーユ(ヘビースモーカーだった母が妊娠中も喫煙を辞めなかった影響)をはじめ、カミーユとは対照的に巨漢である上司ル・グエンや部下にあたる面々(富豪のルイ、浪費家のマレヴァル、ドケチのアルマン)、そして優しく美しい妻イレーヌなど、キャラクターたちも非常に魅力的です。それぞれはっきりとした個性の持ち主ばかりで、誰が誰だかわからなくなることがないのも、海外小説が苦手な読者にはうれしいところです。

個性的な刑事たちが手がかりの少ない事件を粘り強く捜査し、少しずつ真相に近づいていく──事件は異様な猟奇性に満ちているものの、『悲しみのイレーヌ』は正統派の警察小説のようにストーリーが進んでいきます。実際その過程は緻密で、スリルとサスペンスが十分すぎるほど楽しめます。

が、しかし、じつは本作にはあっと驚くような展開が待ち受けているのです。もちろんその内容を書くわけにはいかないので、実際に読んでいただくしかありませんが、これを予想できる読者はまずいないでしょう。読者を裏切るどんでん返しとその果てに描かれる結末をぜひ見届けていただきたいです。

『その女アレックス』

おまえが死ぬのを見たい──男はそう言ってアレックスを監禁した。檻に幽閉され、衰弱した彼女は、死を目前に脱出を図るが……しかし、ここまでは序章にすぎない。孤独な女アレックスの壮絶なる秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、最後に待ち受ける慟哭と驚愕へと突進するのだ。イギリス推理作家協会賞受賞作。

シリーズ2作目『その女アレックス』は、フランスでは2011年に発表され、英訳版はイギリス推理作家協会インターナショナル・ダガー賞を受賞。日本では先述のとおり『悲しみのイレーヌ』よりも先に翻訳され、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」で第1位、さらに本屋大賞の翻訳小説部門でも第1位を獲得するなど圧倒的な評価を得ています。

本作は『悲しみのイレーヌ』から4年後の設定で、アレックスという女性がひとりの男に誘拐されるところから幕を開けます。小さな檻のなかで何日も監禁され、気も狂わんばかりの状況に追い詰められていくアレックス。前作の猟奇殺人に負けず劣らずの過酷な描写に、読者はまたしても息を詰めてページをめくることになります。

しかし、それはほんの序章。カミーユが事件を追いはじめると、アレックスを誘拐したのは誰なのかという謎から別の新たな謎へ焦点が移り変わっていき、物語は意外な方向へ転がりだします。その内容はやはりここで触れるわけにはいきませんが、前作とはまったく異なる趣向で読者を欺いてみせるピエール・ルメートルの手腕には唸らざるをえません。

小説はアレックスとカミーユの視点で交互に綴られており、シリーズの主人公を差し置くほどアレックスが重要人物なのですが、もちろんカミーユ自身の物語でもあります。4年前の事件の引きずる彼がいかに今回の誘拐事件に立ち向かうか。ルイやアルマンなど、引き続き登場する同僚たちとのドラマからも目が離せない傑作です。

『傷だらけのカミーユ』

カミーユ警部の恋人が強盗に襲われ、瀕死の重傷を負った。一命をとりとめた彼女を執拗に狙う犯人。もう二度と愛する者を失いたくない。カミーユは彼女との関係を隠し、残忍な強盗の正体を追う。『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』の三部作完結編。イギリス推理作家協会賞受賞。痛みと悲しみの傑作ミステリ。

シリーズ3作目『傷だらけのカミーユ』は、フランスでは2012年に発表されました。英訳版は前作に続いてイギリス推理作家協会インターナショナル・ダガー賞を受賞。日本でも「週刊文春ミステリーベスト10」で3作連続第1位を獲得するなど、相変わらず高い評価を獲得しています。

本作は『その女アレックス』の翌年の物語です。カミーユの親しい女性・アンヌが強盗に襲われ、瀕死の重傷を負うところから始まり、シリーズを追ってきた読者からすると、作者はいったいどれだけの試練をカミーユに与えるつもりなのかと言いたくなるような出だしです。

カミーユはアンヌを襲った強盗を捕まえるべく、孤独かつ悲壮な戦いに身を投じていくことになります。物語は「一日目」「二日目」「三日目」と章立てされた3部構成になっており、わずか3日間の出来事だからこそ、事件とカミーユを取り巻く状況が刻々と変化していくさまがじつにスリリングです。

読者を欺くテクニックの冴えも相変わらずで、『悲しみのイレーヌ』『そのアレックス』とはまた違ったタイプの仕掛けが施されています。読後感の重いシリーズではあるものの、ミステリとしての騙しの部分に注目すると、あの手この手で読者を驚かせてやろうとするピエール・ルメートルの茶目っ気のようなものも感じられます。そこも間違いなくこのシリーズの魅力でしょう。

本作をもって、カミーユ・ヴェルーヴェンの物語はひとまず幕を閉じます。タイトルのとおり「傷だらけ」になってしまったカミーユがどんな結末にたどり着くのか、ぜひ最後まで見届けていただきたいと思います。

『わが母なるロージー』

パリで爆破事件が発生した。直後、警察に出頭した青年は、爆弾はあと6つ仕掛けられていると告げ、金を要求する。カミーユ・ヴェルーヴェン警部は、青年の真の狙いは他にあるとにらむが……。『そんな女アレックス』のカミーユ警部が一度だけ帰還を果たす。残酷にして意外、壮絶にして美しき終幕まで一気読み必至。

シリーズ4作目にして、番外編に位置づけられているのが『わが母なるロージー』です。文庫で200ページほどの中編で、番外編ということもあり先述の3部作ほど高く評価されているわけではないですが、サスペンスとしての魅力がぎゅっと引き締まった佳品です。

犯人は最初から明らかにされており、7つもの連続爆破事件を起こそうとする青年の真の狙いは何か、という謎に焦点の当てられたストーリーとなっています。短いだけに非常にシンプルな作りですが、『傷だらけのカミーユ』と同様「一日目」「二日目」「三日目」と分かれた3部構成で、さらに細かな時刻ごとに章立てされており、3部作に劣らぬ緊迫感をもたらしています。

3つの長編と比較すると、読者を欺こうとする仕掛けの部分は弱いのは否めませんが、そのかわりというべきか、シリーズの重要なテーマのひとつが前景化しています。それは「母親」というテーマです。亡くした母の影に囚われつづけるカミーユの姿を描いてきた本シリーズですが、『わが母なるロージー』では犯人の側から「母親」というテーマを照射することで、それまでの3作より明確に重要な主題を描くことに成功しています。

番外編とはいえ、3部作を追ってきたファンならぜひチェックしておきたい一作です。

まとめ

以上、ピエール・ルメートルによる「カミーユ警部」シリーズの読む順番や、各巻のあらすじ・感想の紹介でした。間違いなく海外ミステリの傑作シリーズなので、少しでも気になった方はぜひ読んでみていただきたいです。